「アメリカが安全?」—出羽守が語る抽象論 vs リアルなロス体験のギャップ
この文章を見返せば見返すほど、実に興味深い発見がある。


左側の表現は「アメリカ」と抽象的に場所を示しているのに対して、右側のツイートでは「ロスの地下鉄」や「Uberを使ったら」など具体的な体験談が述べられている。
この違いは単に表現の違いだけにとどまらず、二つの視点が持つ背景や意図を炙り出すものだ。
特に左側の人間は、いわゆる「海外出羽守」の匂いすら感じさせる。
「アメリカに滞在した」って、どこのアメリカ?

まず左側のツイートを見ると、「アメリカに滞在した」という非常に抽象的な表現が使われている。
アメリカって言っても広いし、都市ごとに文化も環境も違う。
ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、どこのことを言っているのか全く不明だし、場所の特定がないまま全米を一括りにして話を進めているのが実に雑すぎる。
さらに、「小学生か中学生に見られた」という点も謎だ。
そもそも、アメリカでは年齢や外見による先入観が強いし、年齢に対する態度も地域ごとに異なる。
それを一切無視して、「アメリカではこうだった」なんて言うのは、海外で何かしらの小さな経験を大げさに語る典型的な「海外出羽守」っぽい匂いを感じる。

嘘くさいぞ
いや、もしかしたら本当に出羽守かもしれない。
だって、「アメリカ」で一括りに語ってしまう辺り、どこか偉そうな感じもするし、あたかも自分が全米を代表するかのような語り口が透けて見える。
出羽守の特徴って、やたらと海外を神聖視して日本をけなすところだが、このケースでは「日本には無い、性的に見られない快適な空間」とでも言いたいのだろう。
だが、それが本当に全てのアメリカの経験を代表しているのか、非常に疑わしい。
具体的な体験とリアルな恐怖


一方で、右側のツイートは一転して具体的だ。
「ロスの地下鉄」「Uberを使ったら白人のおっさんが一生話しかけてくる」と、個々の状況が詳細に描かれている。
この体験こそがリアルで、まさにアメリカで実際に何が起こるかを伝えている。
「黒人にナンパされた」や「Uberの白人のおっさんがしつこく話しかけてくる」という現象は、アメリカ特有の多様性や社会問題を反映している。
アメリカは広いが、都市部や特定の地域でこういった経験はよくあることだ。
怖さや不安がある中で、その具体的な経験が語られているのは説得力がある。
特に「容姿の問題だろ」という指摘は痛烈だ。
これ、かなり核心を突いているんじゃないか?
容姿や見た目に依存して異性との接触が変わるのは、アメリカも日本も変わらない。
左のツイートの人が「ナンパされない」ことをまるでアメリカ全体が安全だからだと誤解しているのに対し、右の人は自分の見た目や相手の文化的背景を理解しているように見える。



この違いがまさにポイントだ。
「安全」って、結局は自己満足じゃね?
左の人は「性的な目で見られなかった」「ナンパされなかった」という点を強調して、あたかもアメリカが日本よりも安全であるかのように話しているが、それは単なる主観的な体験であって、国全体が安全であるかどうかはまた別の話だ。
右の人の言う通り、それは「容姿の問題」かもしれないし、もしかしたら滞在していた場所がたまたまそういう環境だっただけかもしれない。
しかし、こういう個人的な経験を「アメリカではこうだった」と全体化して語るのは実に短絡的だ。
左のツイート主は、明らかに自分の視点からだけアメリカを見ている。
それこそ、現実を直視できない「出羽守」精神の象徴的な例と言えるだろう。
まとめると
この一連のやり取りを見ると、左の抽象的な「アメリカ体験」と右の具体的な「ロス体験」の違いが際立つ。
左の人は、自分が「ナンパされなかった」ことを美化して安全だと言い張っているが、実際にはただ異性に見向きもされなかっただけかもしれない。
それをアメリカ全体が安全だと言い切るのは無理がある。
右の人はその点を的確に突き、「自分の容姿のせいで安全と勘違いしているだけだ」と冷静に指摘している。
要するに、ただ単に自分の経験を一般化して「アメリカはこうだ」と言うのは、何の説得力もないってことだ。
お前らも海外に行ったからって、それで偉そうに語るなよ。
特に抽象的なことばかり言ってる奴は、マジで見苦しい。
結局は、個々の具体的な体験こそが、リアルな世界を物語っているんだよな。
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